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白川方明「資産価格上昇と金融政策」

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白川方明「現代の金融政策-理論と実際」(2008年3月17日)日本経済新聞出版社
  第20章 資産価格上昇と金融政策
    第1節 バブル経済の特徴とバブル崩壊の影響(p.393)
          1980年代後半の日本のバブル経済((p.393)
          バブルの発生頻度の増大傾向(p.395)
          バブル崩壊の影響(p.397)
    第2節 資産価格上昇への金融政策の対応:2つの考え方 【とくに重要】
          FRB view (p.400)
          BIS view (p.401)
    第3節 バブルはなぜ物価安定の下で発生するのか(p.401)
          物価安定下のバブルの発生:日本の経験(p.402)
          バブルと物価安定の逆説的な関係:3つの仮説(p.403)
    第4節 バブルは認識できるのか?(p.405)
    第5節 プルーデンス政策の役割(p.406)
          金融機関によるリスク管理体制(p.406)
          監督当局と中央銀行の役割(p.407)
    第6節 バブル崩壊後の積極的な金融緩和は有効か?(p.407)
          日本のバブル崩壊後の金融政策の評価(p.408)
    第7節 資産価格上昇への対応(p.413)
          基本的な考え方(p.413)
          資産価格上昇下の金融政策の説明(p.414)

資産価格上昇と金融政策

白川方明「現代の金融政策-理論と実際」(2008年)日本経済新聞出版社
第20章 資産価格上昇と金融政策

本章では、資産価格上昇への金融政策の対応のあり方について議論する。日本でバブルが発生した1980年代後半時点では世界的にもバブルは比較的稀な事態であったが、その後、バブルないしバブル的な現象の発生と崩壊という事態を多く経験するようになっており、資産価格上昇への金融政策の対応のあり方は今や各国中央銀行が直面する共通の重要課題となっている。第1節では、議論の出発点としてバブル経済の特徴とバブル崩壊の影響について概観する。第2節では、資産価格上昇への金融政策の対応の仕方について2つの考え方を紹介する。この問題が厄介なのは、多くのバブルは物価が安定している状況で起きているという逆説的な事実であるが、第3節ではバブルが物価安定の下で生じていることが多いという事実について考察する。第4節では、資産価格の上昇局面でバブルの発生を認識できるかという問題を検討する。第5節では、バブル防止におけるブルーデンス政策の役割について議論する。第6節では、バブル崩壊後に積極的な金融緩和を行えば経済活動の落ち込みを回避できるかどうかを検討する。第7節では以上の議論を踏まえたうえで、資産価格上昇下での金融政策の対応のあり方について基本的な考え方を述べる。

20-1.バブル経済の特徴とバブル崩壊の影響(p.393)

1980年代後半の日本のバブル経済
本節では、最初に1980年代後半の日本のバブル経済を中心に特徴を振り返る。

バブルという言葉は一般には「資産価格がファンダメンタルズから乖離して急激かつ大幅に上昇する状態」の意味に使われる。後から振り返ってみると、1980年代後半の日本経済は異常な活況を呈し、典型的なバブル経済であったといえる。その特徴は以下の3点に要約される。

第1に、地価・株価等の資産価格が急激かつ大幅に上昇した。日経平均株価は1986年に入ってから上昇テンポを速め、ピークを迎えた1989年末には38,915円と、プラザ合意の成立した1985年9月(12,598円)比3.1倍の水準に達した。株価はその後反落に転じ、ピークからの下落率は約70%にも上った。地価は、長期時系列の利用可能な「市街地価格指数」でみると、ピークを迎えた1990年9月は1985年9月比で約4倍の水準に達した。市街地価格指数はその後下落に転じ、ピークからの下落率は約90%にも上った。この間に発生したキャピタル・ゲインの規模をみると、土地・株式の合算で名目GDP比4倍以上(1986~1989年)にも上ったと推計される。

第2に、信用の膨張と債務の増加が異例の大規模で発生した。具体的な数字でみると、マネーサプライ、あるいはその裏側にある民間部門向け信用は年率10%を超える拡大が続いた。

第3に、投資比率がそれ以前のトレンドを上回って大きく上昇した。民間企業設備投資の対GDP比率をみると、1987~1991年度平均は18.2%と、それ以前の10年間平均(15.1%)を大きく上回った。バブルの規模を比較できる正確な統計が存在するわけではないが、上述した1980年代後半の日本のバブルは世界の経済史の中でも未曾有の大きさであった。

バブルの発生頻度の増大傾向
日本のバブルが発生した1980年代後半時点ではバブルは比較的稀な事態であったが、その後の世界経済の動きをみると、1990年代初頭にかけての北欧の不動産バブル、1990年代後半の世界的な ITバブル、2000年代半ばにかけての米国の住宅バブルをはじめ、バブルないしバブル的な現象の発生と崩壊という事態は以前よりも増加傾向にある。

上述した近年のバブルを見ると、それぞれ固有の特徴もあるが、資産価格の上昇、信用・レバレッジの拡大、経済活動の過熱が観察されるという点では共通している。それと同時に、近年発生しているバブルないしバブル的現象は、以前のバブルと比較すると、以下のような新たな特徴を備えるようになっており、政策当局の対応のあり方を考える際にも、そうした特徴を十分念頭に置く必要がある。

第1に、バブル的な価格変動を示す資産が多様になってきている。バブル期における資産価格の上昇の代表例は株価や地価、住宅価格であるが、それ以外の資産についてもバブルは発生しうる。例えば、サブプライム・ローン問題は住宅バブルの崩壊によって引き起こされたが、住宅価格だけでなく、社債スプレッドの低下をはじめクレジット市場の価格形成一般にバブル現象が発生した。また、バブルは必ずしも当該資産全体の価格上昇という形態をとるのではなく、その中の特定部門の価格が上昇するという形態をとることも多い。1990年代後半の米国では株価が大きく上昇したが、その中でもIT関連企業の株価上昇は著しかった。米国の住宅バブルの場合も、特定地域の住宅価格の上昇は特に際立っていた。

第2に、具体的なリスク・テイキングの形態が複雑化してきている。1980年代後半における日本のバブルでは不動産投資が著しく増加したが、その取得資金はもっぱら銀行借入等の債務の取り入れで賄われた。これに対し、近年はデリバティブを使ったリスク・テイキングが活発に行われるようになっている。また、リスク・テイキングの対象となる価格の変化は地価や株価といった単純な価格変化だけではなく、将来の価格差(スプレッド)変化の予想に基づいて取引を一方方向に傾ける(ポジション)ことも活発に行われている。デリバティブ取引の発達や金融市場のグローバル化によって、ポジションの形態は複雑化するとともに、そもそもどのようなポジションが積み上がりつつあるのかを迅速に認識するのが難しくなってきている。

第3に、バブル崩壊後のシステミック・リスクの発生形態が変化してきている。資産価格の大幅な下落はシステミック・リスクをもたらす一因であるが、以前に比べ、「市場型のシステミック・リスク」の発生が増加する傾向にある。

バブル崩壊の影響
中央銀行であれ金融機関の監督当局であれ、資産価格上昇への政策対応を考えるときに最も重要なことは、観察される資産価格の上昇が仮にバブルであった場合、バブル崩壊後に何が起こるか、バブル崩壊はどのような意味において弊害を生むかという点に関する認識である。バブルの形態は多様であり、またバブル発生の規模も異なるので、過度に一般化することは適当ではないが、バブル崩壊の意味を認識しておくことは重要である。バブルが崩壊し資産価格が下落すると、多くの場合、金融市場・金融システムの機能が低下し、(程度の差はあるが)システミック・リスクが意識されるような状況が発生する。その影響はマクロ経済的には経済の総需要の減少、景気の後退というかたちで表れるが、バブルの規模が非常に大きく、従ってバブル崩壊の規模も大きい場合には、より深刻な影響が発生する。1980年代後半の日本のバブルに即していうと、バブル崩壊の影響は長期にわたる成長率の低下というかたちで表れた。

日本の場合、バブルの崩壊が経済に大きな悪影響を及ぼした主要ルートは以下の3つであった。
第1のルートは、資産価格の下落に伴うマイナスの資産効果や設備投資、住宅投資、耐久消費財等のストック調整である。これは需要面を通じる影響であり、バブル期の需要増加とバブル崩壊後の反動的な需要減少が見合う性格のものである。

第2のルートは、資本設備価値の減価と供給能力の低下である。バブル期には投資が増加するが、資産価格の大幅な上昇予想やその下で生じた特殊な需要パターンを前提に初めて価値が生まれる投資案件も多い。そうした投資案件はバブル崩壊後も物理的には存在するが、将来、他の用途に転用される可能性は乏しい。この場合、そうした投資案件に使われた資源は無駄に費消されたことになる。第1のルートは需要面を通じる影響であるのに対し、第2のルートは供給面を通じる影響であり、生産能力水準の下方への調整を意味する。これは、バブル期の価格シグナルが資源配分の歪み(dynamic resource misallocatin)をもたらすことによって生じる弊害である。

第3のルートは、自己資本の減少に伴うリスク・テイク能力の減少である。これは需要の減少というかたちでも影響を与えるが、以下のようなかたちでも供給の減少をもたらすものである。すなわち、バブル崩壊期には、資産価値が大きく下落する一方で債務は残存するため、自己資本が減少する。そのような状況の下では、企業、金融機関とも自らの倒産リスクを意識するようになるため、収益性は高くてもリスクの高い投資には慎重になりがちである。また、既存の投資を回収することによって損失が確定することを恐れ、収益性の低い投資を継続する行動も生まれやすい。生産性の上昇は技術革新と同義ではなく、産業間・企業間・企業内・地域間を問わず、生産要素の最適な配分を通じて実現する面も大きいが、上述のような行動が広がると、効率的な資源配分が達成されず、経済全体として生産性が低下することになる。このように、第3のルートも供給面を通じる影響であるが、第2のルートがすでに投下した資源の消失に伴う1回限りの生産能力の水準低下であるのに対し、第3のルートは新たな資源配分への、より長期にわたる悪影響であり、潜在成長率(生産性)の低下というかたちをとって顕在化する。さらに、そうした生産性低下が徐々に認識されるようになると、将来の予想所得が減少するので需要も低下する。

上述の3つのルートのうち、第1のルートは最もわかりやすく、日本のバブル崩壊後も、かなり長い間、景気低迷を通常の景気循環として捉える味方が圧倒的に多かった。しかし、日本の経験に照らすと、バブル崩壊は先食いした需要の反動減ということ以上に、動学的な資源配分の失敗による経済的な資源の損失と、リスク・テイク機能の低下による生産性の低下というルートを通じて、経済の供給サイドに悪影響を与えることがより大きな問題であった。資産価格は資源配分を左右する重要なシグナル機能を果たすが、バブル期は資産価格の大幅な変動により、適切な資源配分に失敗するケースと位置付けられる。

20-2.資産価格上昇への金融政策の対応:2つの考え方(p.399)

上述したように、近年、バブルないしバブル的な現象が以前に比べて発生頻度が高まっている。しかし、資産価格が上昇していても、その時点においてはそれがバブルであるかどうかはわからない。仮に中央銀行がバブルと認識しても、そのことを理由とする金融引き締めには国民やエコノミストの支持は得にくい。資産価格の上昇は、ある程度時間が経過して初めて、それがバブルであるのか、バブルではなく経済の高度成長であったのかがわかるという性格のものである。それだけに、中央銀行は金融政策の運営にあたり難しい課題に直面する。

資産価格の上昇に対する金融政策の対応のあり方については、現在2つの対照的な議論が行われている。単純化して整理すると、第1の議論は、「金融政策は資産価格には割り当てられるべきではなく、バブルが崩壊した後に積極的(agressive)な金融緩和を行うことによって対応すべきである」という議論である。第2の議論は、「バブル崩壊後に発生する経済へのマイナスの影響の大きさを考えると、金融政策はバブルの発生を回避することに努めるべきである」という議論である

敢えて分類すると、前者はFRB関係者ないし米国の主流派経済学者から多く聞かれる考え方であるのに対し、後者はBIS関係者ないし欧州の中央銀行関係者から多く聞かれる考え方である。もちろん、FRBやBISが組織の公式見解としてそうした考え方を表明しているわけではないが、便宜的に前者を「FRB view」、後者を「BIS view」と呼ぶことにする。

FRB view
FRB viewは以下の3点に要約される。

●「物価のレンズ」
資産価格は経済活動や物価に大きな影響を与える重要な変数のひとつである。従って、金融政策の運営にあたっては、資産価格の上昇がマクロの経済変数に与える影響を予測し、影響を与えると判断する限りにおいて引き締めを行う必要はあるが、資産価格を金融政策の目標にすることは適当でない。金融政策の目標は物価の安定であり、資産価格の安定ではない。

●バブルの判定の困難性
資産価格の上昇がバブルであるかどうかは事後的にしかわからない。資産価格は市場参加者の無数の知恵を反映して形成されており、中央銀行が市場参加者よりも優れた判断能力を有しているとは考えられない。仮にそうした判断能力を有していたとしても、バブルを潰すためには極めて大幅な短期金利の引き上げが必要になるが、必要とされる金利引き上げ幅がいくらであるかは事前にはわからない。また、投資家の資産価格上昇の予想が反転した場合は、それ自体として景気に対し大きな抑制効果を発揮することになるが、大幅な金利の引き上げはそうした予想の修正と相俟って実体経済活動に壊滅的な影響を与える。従って、資産価格の上昇に対して短期金利の引き上げで対応することは不適当である。

●プルーデンス政策の必要性
バブルの発生の危険に対して公的当局が対応するとすれば、その手段は金融政策ではなく、銀行監督等のプルーデンス政策である。

BIS view
BIS vies は以下の3点に要約される。

●「金融的不均衡のレンズ」
資産価格の上昇が経済活動や物価に与える影響を注意深く観察する必要があることは言うまでもないが、様々な「金融不均衡」の蓄積と巻き戻し(unwinding)にも十分注意を払う必要がある。「金融的不均衡」とは、長期的には持続可能とは考えにくい金融現象が同時に起こることをいう。例えば、地価や住宅価格、株価等の資産価格の上昇、信用スプレッドの縮小、信用の膨張(レバレッジの拡大)、ボラティリティーの低下、実質金利と成長率の水準の長期間にわたる乖離、投資比率の上昇等が典型的な例として挙げられる。

●持続困難な現象の「組み合わせ」の判断
バブルが発生しているかどうかの認識が難しいことは事実であるが、中央銀行にとって必要なことは、観察される資産価格の上昇がバブルであるかどうかの判断というより、現在の経済状態が持続可能なものかどうかの判断である。そうした持続性の判断を可能にする単一の客観的指標はないが、上述した持続可能性を疑わせるいくつかの動きが併存しているかどうかは判断にあたっての重要な基準である。この点で資産価格の上昇と並んで特に重要なのは、信用の膨張ないしレバレッジの拡大である。

●金融政策とプルーデンス政策の協力
金融的不均衡の発生を防ぐためには、金融政策とプルーデンス政策の両方が必要である。この点で、中央銀行と銀行監督当局は従来以上に密接に強力する必要がある。

20-3.バブルはなぜ物価安定の下で発生するのか?(p.401)

FRB viewとBIS viewをめぐる第1の論点は、目標物価上昇率についての考え方の違いに帰着する。前述のように、FRB viewはマクロ経済の動向、特に物価の動向を重視し、インフレ・リスクがあるかどうかに焦点を合わせている。金融引き締めはインフレのリスクがあると予想される程度に応じて行うべきであり、そうしたリスクがないときは、たとえバブル的な現象がみられる場合でも行うべきではないことになる。また、インフレとデフレのリスクを比較すると、デフレ・スパイラルの危険やゼロ金利成約を重視し、デフレのリスクのほうが大きいという判断に立っている。

これに対しBIS viewは、短期的にはインフレ・リスクがない場合でも、「金融的不均衡」が拡大すると、最終的にはその巻き戻しによって経済に大きな変動がもたらされる危険を重視する。第15章では金融市場や金融システムの機能の低下について説明したが、そうした機能低下は上述した金融的不均衡が巻き戻される過程で生じている。このような考え方から、たとえ差し迫ってインフレ・リスクが高まっていると判断されない場合でも、「金融的不均衡」の巻き戻しリスクが大きいと判断される場合には、金融引き締めを行う必要があると考える。ここでは物価安定下の「金融的不均衡」拡大のリスクについて検討する。

物価安定下のバブルの発生:日本の経験

バブルと物価安定の逆説的な関係:3つの仮設
日本のバブルは物価が安定する下で起きたが、過去15年くらいの世界のバブルの事例を振り返ると、多くのバブルは物価上昇率が低下傾向の中で生じている。例えば、1997年7月のタイのバーツ危機に端を発した東アジアの金融為替危機をみると、物価上昇率は危機発生時まで、むしろ低下傾向にあった。ロシア危機の発生以前のロシア経済、ITバブル崩壊以前ならびに住宅バブル崩壊以前の米国経済についても同様である。さらに、第2次世界大戦以前のバブル事例をみても、米国の1920年代をはじめとして、物価上昇率については同様の傾向が観察される。

物価安定は経済の持続的成長の重要な前提条件であるが、一方で、バブルが発生するのは物価が安定しているときが多いという逆説的な事実はどのように解釈すべきだろうか?偶然の一致なのか、それとも何らかの関連があるのだろうか。物価安定とバブルが全く無関係であるとすれば、「インフレ下のバブル発生」という組み合わせがあっても不思議ではないが、そうした組み合わせはみられない。物価安定は望ましいことであるが、同時に、いくつかの条件と重なり合うと、以下のような予想も生まれやすくなり、その下で生じる人間の行動パターンがバブルを生み出す要因として作用する。

第1に、物価安定の下で高成長がある程度長い期間にわたって続くと、生産性の上昇、「ニューエコノミーの到来」といった強気の期待が生まれやすくなる。日本の1980年代後半のバブル期でいうと、物価の安定に円高や原油価格の大幅下落(逆オイル・ショック)という一時的な供給サイドの要因が大きく寄与していたが、現実に高成長が続く下で物価上昇率が低い状態が続くことによって、生産性が上昇したという楽観的な見方が広がった。

第2に、物価の安定が続き目先インフレ圧力の高まりも予想されない場合には、中央銀行が金利引き上げのアクションをとらない限り、現在の低金利が今後とも長く続くという予想が生まれやすくなる。その結果、資産価格が上昇するが、キャピタル・ゲインの一段の増加は期待しにくくなるため、リターンを上げるための方法としてレバレッジの増加(債務の増加)が活用される。また、低金利の持続はキャッシュの流動性を高めるが、その結果生じる資産価格の上昇はさらに市場流動性を高めることを通じて、一段の資産価格の上昇をもたらす。

第3に、上述のような低金利が続く下で、リスク評価能力の低い投資家が低金利資産からリスク資産への投資を増やす傾向が生まれる。その結果、資産価格はさらに上昇する。

物価が安定していれば必ずバブルが発生するわけではなく、バブルは物価安定の下で経済が持続的に成長しているときに発生するケースが多い。しかし、前述したような人間の心理や行動パターンまで考えると、物価の安定した状態が長く続くことによって期待が強気化し、結果としてバブルが生まれやすくなる可能性は意識しておく必要がある。その意味では、物価安定を強調する考え方が「物価のレンズ」だけを通して経済の先行きを判断するという思考様式につながると、結果として大きなリスクの蓄積を見過ごすことになりかねない。BISのチーフ・エコノミストのホワイトの言う通り、「物価安定だけで十分なのか?」("Is price stability enough?" White, 2006)という意識は常にもち、中長期的な経済の持続的成長を脅かすおそれのある「金融的な不均衡」にも注意する必要がある。

20-4.バブルは認識できるか?(p.405)

FRB viewとBIS viewをめぐる第2の論点は、バブルの存在をリアルタイムで認識できるかという論点である。バブルは多くの人が現在の状況をバブルとは考えていないからこそ発生するものであり、その意味で、資産価格が上昇しているときに、それがバブルであるかどうかを判定することは難しい。

バブルの判断が難しい最大の理由は、資産価格の上昇が物価安定の下での高い成長率と併存して発生するため、生産性向上の可能性(「ニューエコノミー」への移行)を否定できないからである。

資産価格上昇の下での金融政策運営についての議論が時として混乱するのは、問題の立て方自体が必ずしも適切でないことに起因する面が大きい。提起されている問いが「金融政策の目標は物価の安定ではなく資産価格の安定である」ということであれば、そうした主張を支持する中央銀行やエコノミストはほとんどいないだろう。FRB viewはもとより、BIS viewもそうした考え方には立っていない。

意味のある問いは、「金融政策は資産価格の上昇に対応すべきか」ということではなく、「物価上昇率が低い状況の下で、資産価格の上昇をはじめいくつかの『金融的不均衡』とみられるような現象が発生している場合に、金融引き締めを行う必要があるのかどうか。必要があるとしても、どのようにして必要性を判断するか」という問いであろう。

この点について Borio and Lowe (2002)やWhite(2006)は、資産価格の上昇、信用の膨張、投資比率の上昇といった現象の組み合わせをモニターすることによって、完全とはいえないが、ある程度の判断は可能であるし、またそうした判断を行うのが中央銀行の仕事ではないかという立場に立っている。

もちろん、FRB viewも資産価格の上昇を無視しているわけではないが、BIS viewとの対比では、需要サイドを通じる景気やインフレに対する短期的な上昇圧力を重視する傾向が強い。これに対し、BIS viewは「金融的不均衡」の蓄積と巻き戻し過程での動学的な資源配分の歪みという供給サイドへの影響を重視する傾向が強い。また、そうした考え方の系でもあるが、影響を考える際のタイムスパンが長い。また、当面のインフレ上昇を懸念するというより、バブルが崩壊した後の金融システムへの影響やデフレを重視する。

20-5.プルーデンス政策の役割(p.406)

本節では、FRB viewとBIS viewをめぐる最後の論点であるプルーデンス政策の果たす役割について議論する。FRB view ではプルーデンス政策はバブル期の政策対応としては中心的な役割を担うのに対し、BIS view では金融政策とプルーデンス政策はそれぞれ補完的な役割を果たす。いずれの立場にたつにせよ、バブル期、バブル崩壊期ともプルーデンス政策の果たす役割が大きいことに変わりない。

金融機関によるリスク管理体制
監督当局による金融機関の監督は、金融機関自身のリスク管理体制を検証することが基本的な役割であり、金融機関経営者に代わって経営を行う(micro-management1)ことではない。バブルを防止するうえで最も重要なことは金融機関自身が適切なリスク管理を行うことであるが、過去の経験を踏まえると、以下のような限界もある。

第1に、金融機関にとってもバブルの存在を認識することは難しい。リスク管理に必要なリスク量の計算は、過去の相関関係やボラティリティーに基づいて行われるが、バブル崩壊の過程で起こることはそうした過去の傾向が成立しなくなることである。第2に、バブルの存在をある程度認識できたとしても、金融機関が現在の利益を放棄してまで、他の市場参加者とは異なるポジションをとることは期待しにくい。近年、多くの金融機関がストレス・テストを行い、現在の環境が大きく変化した場合のリスク量を計算する習慣が確立しつつある。ストレス・テストは有用な道具であり、個々の金融機関によってはストレス・テストの結果に基づいてポジションを調整する先もある。しかし、競争圧力が働くなかで、多くの金融機関にとってポジションを手仕舞うだけのインセンティブは働きにくい。

監督当局と中央銀行の役割
金融機関の健全なリスク管理体制を確保するという点では、監督当局や中央銀行の適切な対応も必要である。監督当局に求められることは、金融機関が適切なリスク管理体制をとっているかどうかを検証することである。それと同時に、監督当局や中央銀行は金融システム全体としてのリスクの分析を行い、必要に応じ情報発信を行う必要がある。個々の金融機関は各種のリスク・ファクターの相関を考慮したうえでリスク分散に努めているが、前述のように、資産価格の上昇、ボラティリティーの縮小といった好環境が続くと、リスク量を直近の関係に基づいて計算するようになる結果、リスク量を過小評価することになりやすい。その意味では、監督当局や中央銀行が、鍵を握るマクロ経済変数が大きく変化した場合の影響をシミュレーションで評価する(マクロのストレス・テスト)ことは重要である。

このような監督当局や中央銀行による監督や全体のリスクについての情報発信・警告はそれ自体としてバブルを防止することはできないが、そうした監督政策は適切な金融政策運営と補完的な関係に立つものである。

20-6.バブル崩壊後の積極的な金融緩和は有効か?(p.407)

本節では、FRB view が主張するように、バブルが崩壊した後に積極的な金融緩和を行うことが有効であるかどうかを検討する。

FRBのエコノミストが2002年に公表した論文("Preventing Deflation: Lessons from Japan's Experience in the 1990s")が出発点となる分析を提供している。彼らは FRB/Globalモデルと呼ばれる標準的なニューケインジアン・モデルを使って日本経済に関するシミュレーションを行っている。シミュレーションの結果は「1991年から1995年年初の間のどの時点であっても短期金利をさらに2.5%ポイント引き下げていればデフレに陥らなかった」というものであり、これに基づいて、彼らは「1990年代前半時点では、金融政策の効果は有意には低下していなかった」という結論を引き出している。

しかし、上述のシミュレーション結果をこのように解釈することは以下の理由から不適当である。
第1に、彼らがこの結論を引き出すのに用いたシミュレーションは標準的なニューケインジアン・モデルに基づくものであり、この時期の日本経済を特色づけた最も重要な特徴、すなわち、資産価格の下落に伴う自己資本の大幅な毀損が経済に深刻な影響を与えたルートは組み込まれていない。

第2に、シミュレーションの結果によると、2.5%ポイントの金利引き下げによって物価上昇率の下落は回避できているが、成長率はほとんど変化していない。結局、上述の Ahearne et al. (2002) のシミュレーション結果からは、いったん大規模なバブルが崩壊すると、アグレッシブな金利引き下げを行っても経済活動の停滞は変わらないという結論が引き出されるように思われる。

第3に、バブルが崩壊した直後の時点において、それがそもそもバブルの崩壊であるのか、一時的な資産価格の下落であるのかを識別できない。日本のバブル期をみても、株価は1987年のブラック・マンデーによりいったん下落した後、本格的な上昇局面を迎えている。結局、景気や物価に関する見通しから導かれる短期金利(テイラー・ルール金利)以上に大幅な短期金利の引き下げを決定できるというケースを想像してみると、通常のマクロ経済モデルからは予測できないような景気や物価の大幅な落ち込みを想像することに等しい。しかし、そうした想定は言わば非線形(non-linear)の予測であり、資産価格の下落による影響自体に大きなウエートをかけた政策決定にかなり近いものになる。言い換えると、その場合の金融政策運営は事実上、一般物価ではなく資産価格を重視していることになる。

FRB関係者は前述の Ahearne et al. (2002) によるシミュレーション分析等を背景に、「日本の1990年代以降の経済低迷という経験から得られる教訓はバブル崩壊後にアグレッシブに金融緩和を行うことである」という見解を繰り返し表明しているが、適切な教訓の引き出し方であるとは思えない。資産価格下落の影響を定量的に評価することは難しいが、大規模なバブル崩壊の影響は非常に大きいように思われる。

20-7.資産価格上昇への対応(p.413)

基本的な考え方
それでは、中央銀行は資産価格の上昇に対してどのように対応すべきであろうか。この点に関しては、著者は以下のような考え方に立っている。

第1に、資産価格の上昇を抑制することに金融政策を割り当てることは適当ではない。金融政策の目的である物価安定は、それを通じて持続的な成長を実現することを期待するものである。そうした考え方の原点に立ち返ると、中央銀行としては需給ギャップや物価上昇率といった伝統的なマクロ経済変数に十分な注意を払うと同時に、「金融的不均衡」の動向にも注意が必要である。その際の判断は「バブルを潰す」ということではなく、「経済のバランスのとれた持続的拡大」が損なわれるかどうかという、マクロの経済判断に還元されるものである。その結果、リスクが大きいと判断する場合には、仮に足元の物価上昇率が安定していても金融政策を引き締め方向に運営する必要がある。

第2に、金利引き上げの直接的な効果は支出の増加に対しなにがしかのブレーキをかける程度であり、短期的な効果はそれほど大きくないであろうが、それでも低金利の永続期待が幾分弱まることを通じて、強気の期待の自律的な修正のタイミングを幾分なりとも早める効果はあると思われる。そのことは「金融的不均衡」が拡大する期間を若干短くすることを通じて、将来の「巻き戻し」による悪影響を小さくする効果が期待できる。もっとも、金利引き上げによって物価上昇が抑えられると、経済主体が経済の良好なパフォーマンスに対する自信を深め、バブルがさらに拡大するという厄介な事態の発生する可能性も否定はできない。

第3に、バブルが崩壊した後にテイラー・ルール以上に大幅に短期金利を引き下げても、それに先立って発生したバブルの規模が非常に大きい場合には、景気刺激効果は限定的なものとならざるを得ない。また、資産価格が下落する場合でも、当初の段階ではそれがバブルの崩壊の初期段階なのか、一時的な相場の綾であるのかの判別が難しく、先行きの経済に与える影響を的確に見極めることは難しい。言い換えると、バブルをリアルタイムで認識することは難しいのと同様に、バブルの崩壊をリアルタイムで認識することも難しい。バブル崩壊後に積極的な金融緩和を行う必要性を否定するものではないが、もっぱら「事後対応」の重要性を強調することはバランスを欠いている。「事前対応」も「事後対応」も同程度に重要である。なお、大規模なバブルの崩壊等の影響は非常に大きいことを考えると、仮にデフレの「糊代」に対応した金利の引き下げ余地をもっていたとしても、その金利引き下げ余地を活用して得られる景気刺激効果は限定的である。一方、ショックが小さい場合、ないし一時的な場合は、ゼロ金利成約は深刻な問題にならない。

第4に、バブル期における過大なリスク・テイキングを避けるうえでは金融機関自身によるリスク管理が基本になるが、これに加えて、金融機関によるリスク管理体制を監督当局が検証することも重要である。その意味で、適切な監督政策と金融政策は補完的な関係にある。

第5に、物価は安定しているが中長期的には成長の持続性という点からみてリスクがあると判断する場合、金融引き締めの必要性を説明することは決して容易ではないが、中央銀行は自らの置かれた経済環境や中央銀行制度の枠組みを前提としたうえで、説明の努力を重ねる以外にない。

それでは、金融機関をはじめ民間経済主体がリスク管理に努め、規制・監督当局がリスク管理の検証体制を整備し、さらに中央銀行が適切に金融政策を行えば、バブルは防止できるだろうか。上述の努力はすべて重要であるが、そうした努力を払ったうえで、著者はバブル発生を完全に防止することは以下の理由から難しいのではないかと感じている。

第1に、期待が強気化したり弱気化することは人間性(human nature)の一部であり、将来これが変わるとは考えにくい。第2に、様々なリスク管理技術はある時点でリスクの横断的な比較を行ったり、異常行動を認識するという点では強みを発揮するが、多くの金融機関がとっているポジションが共通のマクロ変数に左右されるようになっている場合には、十分なチェック機能を果たしにくい。第3に、規制・監督当局も中央銀行もバブルの防止を最優先に政策を運営すれば、結果として市場経済のもつダイナミズムを阻害することになりかねない。

このように、バブルの発生は完全には防止できないと考えられるが、それでも中央銀行としては前述したような努力を重ねることによって、経済の安定を図っていくことが求められている。

資産価格上昇下の金融政策の説明(p.414)
そうした中央銀行の対応という面で、最後に、資産価格上昇下の金融政策の運営について中央銀行はどのような説明を行うべきか考察したい。中央銀行にとって説明が難しい状況は、物価上昇率が当該中央銀行の考える物価安定のゾーンの中に収まっている場合、ないし下限を下回っているような状況の下で、金利引き上げが必要と判断するケースである。

そのような状況が発生するケースとしては、以下の3つが考えられる。第1のケースでは、足元の物価上昇率は低いが、先行き需給バランスがタイト化し、物価上昇率は安定ゾーンを上回って上昇していく。このケースでは、需給ギャップを用いてインフレ圧力の高まりをオーソドックスに説明すればよい。第2のケースでは需給ギャップはタイト化し、物価上昇率は若干高まるが大きくは高まらず、その後はバブルの崩壊から物価上昇率が安定ゾーンを下回って低下する。ケース2はケース1に比べると、金利引き上げの必要性を説明することは難しくなる。しかし、説明が最も難しいのは、物価上昇率が若干ながらも高まるまでのタイムラグが長く、その後はバブルの崩壊から物価上昇率が安定ゾーンを下回って低下するケース3である。

スウェーデンの中央銀行が2007年に公表した公式文書
"The paths of asset prices and indebtedness can at times be either difficult to unsustainable in the long term. This means that there are risks of sharp corrections in the future which in turn affect the real economy and inflation. (中略) In practice, taking risks of this kind into consideration can mean that interest rate change are made somewhat earlier or kater, in relation to what would have been the most suitable according to the forecasts for inflation and the real economy."

イングランド銀行のキング総裁(2006)
"Monetary policy will, therefore, need to be alert to the information contained in a wide range of asset prices, to be forward-looking in its aim of maintaining low and stable inflation, and to be ready to respond to changes in the signposts."