市況研究社

FRB view と BIS view

市況研究社 > 堀上 anex > FRB view

白川方明
2002年7月~2006年 日銀理事(金融政策担当)
          国際決済銀行(BIS)の経済政策運営の専門家会合に定期的に出席
2008年3月     日本銀行副総裁
2008年4月9日    第30代日銀総裁に就任
2011年1月     BIS副議長に就任
2013年2月5日    同年4月8日の総裁任期5年満了を待たずに3月19日付で日銀総裁を辞職

鈴木淑夫 2010年1月19日のインタビューにおける紹介
いまの白川〔方明〕総裁が書いた『現代の金融政策』という分厚い本を見た? あの中に面白いことが書いてあって、彼は理事の頃 BIS に頻繁に行っていましたから、ヨーロッパの中央銀行は資産価格に注意を払うべきだという議論なんだと。なぜなら、資産価格の変動というのは経済を激動させて、後で安定成長をぶち壊すから、物価がたとえ安定していても、資産価格が上がり始めたら、中央銀行はそれに注意を払わなきゃいけないという議論なんだと。それに対して、連銀は、FRB はそうではなくて、資産価格なんていうのは金融政策の対象ではないと。資産価格でバブルが発生して崩壊しても、アグレッシブな、果敢な金融緩和をすれば、それで大きな景気後退を避けられると。これは〔アラン・〕グリーンスパン(前 FRB 議長)の有名な言葉だけど、そもそも資産バブルなんて破裂してみて初めてわかるので、事前にわかるものかと。これがグリーンスパンを始めとする FED 流の考えですね。白川君の本のそこのところを参照するといいですよ。そういう議論は日本のこの大失敗を踏まえて、世界の先進国の中央銀行同士の BIS の議論の中では盛んにやっていた。

鈴木淑夫の言う通り「分厚い本」です。
「現代の金融政策」日本経済新聞出版社 p.445 定価(本体6,000円+税)

白川方明「現代の金融政策」(2008年3月)

白川方明「現代の金融政策 理論と実際」(2008年3月17日)日本経済新聞出版社
第20章 資産価格上昇と金融政策

(p.399)
20-2.資産価格上昇への金融政策の対応:2つの考え方

近年、バブルないしバブル的な現象が以前に比べて発生頻度が高まっている。しかし、資産価格が上昇していても、その時点においてはそれがバブルであるかどうかはわからない。仮に中央銀行がバブルと認識しても、そのことを理由とする金融引き締めには国民やエコノミストの支持は得にくい。資産価格の上昇は、ある程度時間が経過して初めて、それがバブルであるのか、バブルではなく経済の高度成長であったのかがわかるという性格のものである。それだけに、中央銀行は金融政策の運営にあたり難しい課題に直面する。

資産価格の上昇に対する金融政策の対応のあり方については、現在2つの対照的な議論が行われている。単純化して整理すると、第1の議論は、「金融政策は資産価格には割り当てられるべきではなく、バブルが崩壊した後に積極的(agressive)な金融緩和を行うことによって対応すべきである」という議論である。第2の議論は、「バブル崩壊後に発生する経済へのマイナスの影響の大きさを考えると、金融政策はバブルの発生を回避することに努めるべきである」という議論である。

敢えて分類すると、前者はFRB関係者ないし米国の主流派経済学者から多く聞かれる考え方であるのに対し、後者はBIS関係者ないし欧州の中央銀行関係者から多く聞かれる考え方である。もちろん、FRBやBISが組織の公式見解としてそうした考え方を表明しているわけではないが、便宜的に前者を「FRB view」、後者を「BIS view」と呼ぶことにする。

FRB view
FRB viewは以下の3点に要約される。

●「物価のレンズ」
資産価格は経済活動や物価に大きな影響を与える重要な変数のひとつである。従って、金融政策の運営にあたっては、資産価格の上昇がマクロの経済変数に与える影響を予測し、影響を与えると判断する限りにおいて引き締めを行う必要はあるが、資産価格を金融政策の目標にすることは適当でない。金融政策の目標は物価の安定であり、資産価格の安定ではない。

●バブルの判定の困難性
資産価格の上昇がバブルであるかどうかは事後的にしかわからない。資産価格は市場参加者の無数の知恵を反映して形成されており、中央銀行が市場参加者よりも優れた判断能力を有しているとは考えられない。仮にそうした判断能力を有していたとしても、バブルを潰すためには極めて大幅な短期金利の引き上げが必要になるが、必要とされる金利引き上げ幅がいくらであるかは事前にはわからない。また、投資家の資産価格上昇の予想が反転した場合は、それ自体として景気に対し大きな抑制効果を発揮することになるが、大幅な金利の引き上げはそうした予想の修正と相俟って実体経済活動に壊滅的な影響を与える。従って、資産価格の上昇に対して短期金利の引き上げで対応することは不適当である。

●プルーデンス政策の必要性
バブルの発生の危険に対して公的当局が対応するとすれば、その手段は金融政策ではなく、銀行監督等のプルーデンス政策である。

BIS view
BIS vies は以下の3点に要約される。

●「金融的不均衡のレンズ」
資産価格の上昇が経済活動や物価に与える影響を注意深く観察する必要があることは言うまでもないが、様々な「金融不均衡」の蓄積と巻き戻し(unwinding)にも十分注意を払う必要がある。「金融的不均衡」とは、長期的には持続可能とは考えにくい金融現象が同時に起こることをいう。例えば、地価や住宅価格、株価等の資産価格の上昇、信用スプレッドの縮小、信用の膨張(レバレッジの拡大)、ボラティリティーの低下、実質金利と成長率の水準の長期間にわたる乖離、投資比率の上昇等が典型的な例として挙げられる。

●持続困難な現象の「組み合わせ」の判断
バブルが発生しているかどうかの認識が難しいことは事実であるが、中央銀行にとって必要なことは、観察される資産価格の上昇がバブルであるかどうかの判断というより、現在の経済状態が持続可能なものかどうかの判断である。そうした持続性の判断を可能にする単一の客観的指標はないが、上述した持続可能性を疑わせるいくつかの動きが併存しているかどうかは判断にあたっての重要な基準である。この点で資産価格の上昇と並んで特に重要なのは、信用の膨張ないしレバレッジの拡大である。

●金融政策とプルーデンス政策の協力
金融的不均衡の発生を防ぐためには、金融政策とプルーデンス政策の両方が必要である。この点で、中央銀行と銀行監督当局は従来以上に密接に強力する必要がある。

(p.401)
20-3.バブルはなぜ物価安定の下で発生するのか?

FRB viewとBIS viewをめぐる第1の論点は、目標物価上昇率についての考え方の違いに帰着する。前述のように、FRB viewはマクロ経済の動向、特に物価の動向を重視し、インフレ・リスクがあるかどうかに焦点を合わせている。金融引き締めはインフレのリスクがあると予想される程度に応じて行うべきであり、そうしたリスクがないときは、たとえバブル的な現象がみられる場合でも行うべきではないことになる。また、インフレとデフレのリスクを比較すると、デフレ・スパイラルの危険やゼロ金利成約を重視し、デフレのリスクのほうが大きいという判断に立っている。

これに対しBIS viewは、短期的にはインフレ・リスクがない場合でも、「金融的不均衡」が拡大すると、最終的にはその巻き戻しによって経済に大きな変動がもたらされる危険を重視する。第15章では金融市場や金融システムの機能の低下について説明したが、そうした機能低下は上述した金融的不均衡が巻き戻される過程で生じている。このような考え方から、たとえ差し迫ってインフレ・リスクが高まっていると判断されない場合でも、「金融的不均衡」の巻き戻しリスクが大きいと判断される場合には、金融引き締めを行う必要があると考える。

(p.405)
20-4.バブルは認識できるか?

FRB viewとBIS viewをめぐる第2の論点は、バブルの存在をリアルタイムで認識できるかという論点である。バブルは多くの人が現在の状況をバブルとは考えていないからこそ発生するものであり、その意味で、資産価格が上昇しているときに、それがバブルであるかどうかを判定することは難しい。

資産価格上昇の下での金融政策運営についての議論が時として混乱するのは、問題の立て方自体が必ずしも適切でないことに起因する面が大きい。提起されている問いが「金融政策の目標は物価の安定ではなく資産価格の安定である」ということであれば、そうした主張を支持する中央銀行やエコノミストはほとんどいないだろう。FRB viewはもとより、BIS viewもそうした考え方には立っていない。

意味のある問いは、「金融政策は資産価格の上昇に対応すべきか」ということではなく、「物価上昇率が低い状況の下で、資産価格の上昇をはじめいくつかの『金融的不均衡』とみられるような現象が発生している場合に、金融引き締めを行う必要があるのかどうか。必要があるとしても、どのようにして必要性を判断するか」という問いであろう。

この点について Borio and Lowe (2002)やWhite(2006)は、資産価格の上昇、信用の膨張、投資比率の上昇といった現象の組み合わせをモニターすることによって、完全とはいえないが、ある程度の判断は可能であるし、またそうした判断を行うのが中央銀行の仕事ではないかという立場に立っている。

もちろん、FRB viewも資産価格の上昇を無視しているわけではないが、BIS viewとの対比では、需要サイドを通じる景気やインフレに対する短期的な上昇圧力を重視する傾向が強い。これに対し、BIS viewは「金融的不均衡」の蓄積と巻き戻し過程での動学的な資源配分の歪みという供給サイドへの影響を重視する傾向が強い。また、そうした考え方の系でもあるが、影響を考える際のタイムスパンが長い。また、当面のインフレ上昇を懸念するというより、バブルが崩壊した後の金融システムへの影響やデフレを重視する。

(p.406)
20-5.プルーデンス政策の役割

本節では、FRB viewとBIS viewをめぐる最後の論点であるプルーデンス政策の果たす役割について議論する。FRB view ではプルーデンス政策はバブル期の政策対応としては中心的な役割を担うのに対し、BIS view では金融政策とプルーデンス政策はそれぞれ補完的な役割を果たす。いずれの立場にたつにせよ、バブル期、バブル崩壊期ともプルーデンス政策の果たす役割が大きいことに変わりない。