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テイラー・ルール

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白川方明「現代の金融政策-理論と実際」(2008年3月17日) 日本経済新聞出版社
  第11章 政策金利の変更
    第1節 金融政策運営をめぐる論争(p.223)
      「ルール」対「裁量」
      「制約された裁量」
      金融政策ルールの役割
    第2節 主要国中央銀行による政策金利の変更パターン(p.226)
      過去の政策金利の変更パターン(p.226)
      テイラー・ルール(p.227)
      テイラー・ルールの位置付け(p.230)
    第3節 供給ショックへの対応
      供給ショックの概念整理
      供給ショックへの金融政策の対応
    第4節 望ましい金融政策運営の原則

過去の政策金利の変更パターン
・・・海外主要国では、平均すると年間に3~4回程度、政策金利の変更が行われている。毎回の政策金利の変更幅をみると、1980年代までは0.5%ないしそれ以上の幅での変更も珍しくなかったが、近年では、傾向として0.25%での変更が多くなっている。政策金利はいったん変更されると、同方向に変更されることが多い。このように小幅で同一方向に金利変更を行うというパターンは、「金利スムージング」ないし「漸進主義」(gradualism)と呼ばれる。

テイラー・ルール

政策金利の変更を景気との関係でみると、どのような一般的傾向が観察できるであろうか。言い換えると、現実の中央銀行の金融政策ルールはどのようなものであっただろうか。この点に関し、テイラー(スタンフォード大学教授)は1987-1992年の米国の金融政策を対象に次式を推計した。

フェデラルファンド・レート=
均衡実質金利+目標物価上昇率 ÷ α ×(物価上昇率-目標物価上昇率)+β ×需給ギャップ (第1式)

ここで「均衡実質金利」とは潜在GDP水準が実現するときの実質金利水準であり、事前的な貯蓄と投資の水準はこの金利水準で一致する。「自然利子率」ないし「中立金利」といった言葉が使われることもある。上式において、均衡実質金利=2%、目標物価上昇率=2%と前提した場合、α の推計値は1.5、β の推計値は0.5であった。上記の式は、この時期の米国の金融政策を比較的良好に説明しているが、他の国についても総じて説明力は高い。

テイラー・ルール(Taylor rule)と呼ばれる第1式のような関係式はあくまでも現実の金融政策を描写したものであり、望ましい金融政策を表現したものではないが、以下の理由から、金融政策を評価する際のひとつのベンチマークとして利用されることが多い。

第1に、変数として短期金利が採用されていることから、政策分析にフィットする。それ以前の学界における金融政策運営の議論ではマネーサプライが政策変数として採用されることが多かったが、そうした取り扱いは短期金利の変更というかたちで金融政策を運営している中央銀行からみると、現実の行動にも思考様式にもフィットしていなかった。(第13章)

第2に、中央銀行は物価上昇率だけをみて行動しているわけではなく、物価と景気の動向にも配慮しているが、そうした金融政策行動が政策金利の変更は現実の物価上昇率の目標物価上昇率からの乖離、および、需給ギャップに応じて行われるというかたちで定式化されている。

第3に、長期的には均衡水準が意識されている。すなわち、政策金利では短期的には景気(需給ギャップ)や物価動向に応じて変更されているが、長期的には均衡実質金利と目標物価上昇率を合計した水準に金利がセットされている。インフレ心理の高まりを反映した名目金利の上昇を金融引き締まりと誤認することが金利ルールの欠点として指摘されることが多かったが、そうした危険はテイラー・ルールでは回避できる。

第4に、物価上昇率の変化に対する反応度が1を超えていることを「テイラー・プリンシプル」と呼んでいる。反応度が1を下回っていると、物価上昇率が高まる(低下する)ときに実質金利は低下(上昇)し、経済の不安定化をもたらすことを意味するが、推定結果をみると、中央銀行は物価上昇率の変化以上に短期金利を動かしていることが確認される。

テイラー・ルールに基づく短期金利水準を実際に計算する際、現在の物価上昇率や需給ギャップを第1式に代入することが多いが、金融政策の効果波及のラグを考えると、厳密には1~2年後の物価上昇率や需給ギャップに基づいて計算する必要がある。テイラー・ルールは上記のままのかたちで使われることもあるが、政策金利は徐々に調整されることが多いという傾向(金利スムージング)を踏まえ、テイラー・ルールに基づく金利水準に向けて徐々に調整が行われるという、以下のような定式化もよく用いられる( λ は調整速度を表す)。

政策金利 = λ × 前期の政策金利+(1- λ )×{ 均衡実質金利+目標物価上昇率+ α × (物価上昇率-目標物価上昇率)+β × 需給ギャップ }  第2式

テイラー・ルールの位置付け
テイラー・ルールが有用であるのは、前述のように、物価上昇率と成長率という、中央銀行が金融政策運営上実際に意識している変数に照らして、金利の適正水準を評価している点に求められる。

短期金利の誘導目標は定期的に開催される金融政策委員会で決定されるが、委員会では前回の金融政策委員会以降新たに利用可能となった情報を踏まえて、次回の委員会までの金融政策運営方針を決定する。言い換えると、金融政策委員会は追加的な(incremental)情報、限界的な変化をもとに、前回決定した方針を変更する必要があるかどうかを判断するという仕組みになっている。

このため、金融政策の1回1回の判断としては合理的であっても、やや長い期間の経済の流れの中で評価すると、政策金利が長期的にみて整合性のとれない金利水準にととまってしまう可能性もある。その意味で、テイラー・ルールの果たすベンチマーク機能には意味がある。

しかし、同時にテイラー・ルールには以下のような限界があり、現実の金融政策に機械的に適用することはできないことも認識しておく必要がある。

第1に、